作った味噌

発酵食づくり体験で暮らしと食に触れる旅

じっくり“発酵”する時間が、こんなに贅沢だったなんて

一泊二日の旅でもなく、豪華なレストランでもない。でも、しみじみと「豊かだな」と思える時間ってありますよね。たとえば、発酵食づくり体験なんてその代表かもしれません。

最近では、味噌や甘酒、ぬか漬けなど、日本の発酵文化を「自分の手で仕込む」体験プログラムが人気を集めています。郊外の古民家や自然の中のキッチンスタジオで、地元の素材と向き合いながら、手のぬくもりで育てていく発酵食。スローだけど、ものすごく贅沢な時間です。

目まぐるしい毎日のなかで、“待つ”ということをすっかり忘れてしまっていた私たちにとって、菌の活動に任せるという行為は、ちょっとした「降参」であり「癒し」なのかもしれません。

食べるだけじゃない、“育てる”という贅沢

スーパーで手に入る味噌や塩麹も便利ですが、自分で仕込んだ発酵食には、ひと味違う愛着があります。豆を煮て、麹と混ぜて、塩を加える。それだけのことなのに、手の動きが丁寧になっていく不思議。

しかも、このプロセスを通じて、素材の「音」や「香り」に敏感になっていきます。煮立つ音、湯気の匂い、手にまとわりつく温度。どれも、五感で“食を組み立てていく”感覚。料理というより、暮らしの一部を自分で耕しているような時間です。

仕込んだ味噌や甘酒は、その場では食べられません。発酵に時間がかかるから。でもそれがいい。帰ってから数週間、数ヶ月かけて完成を待つ日々は、ちょっとした“未来の自分への贈り物”のようなものです。

土に近づくほど、心がやわらかくなる

発酵食づくり体験が行われている場所は、たいてい自然に囲まれた、ちょっと不便なところ。駅からバスに乗って、少し歩いて、やっとたどり着くような古民家や農園付きのキッチン。だけど、その“わざわざ感”こそが、リトリートの醍醐味でもあります。

土の匂いがする空気を吸いながら、薪ストーブの熱で温まった部屋で過ごす午後。時間がゆっくり流れていくなかで、参加者同士がいつの間にか「ご近所さん」のような距離感になっていく。話す内容も、自然と“暮らし”や“食”についてに変わっていく。

大きな予定は立てずに、ただ素材と向き合って、手を動かすだけの一日。でも、頭の中は驚くほどクリアになっていて、気がつけば深呼吸が増えている。そういう“変化”が、静かに起こる場所です。

おいしいは、待てる人にやってくる

発酵は、すぐに結果が出ないからこそ、今の私たちに必要な営みなのかもしれません。日々の生活で「早さ」に慣れてしまった分、“待つこと”の豊かさを忘れてしまっていた自分に気づかされます。

暮らしに手間をかけるというのは、時間に余裕があるからではなく、「余裕をつくるための方法」なのだと思います。何もない週末、SNSを閉じて、菌と向き合う数時間。そこから生まれる静かな満足感は、どんな高級グルメよりも、深く心にしみこんできます。

自分で仕込んだ味噌を使って、数ヶ月後の朝に味噌汁をすする。そのとききっと、「あの旅、してよかったな」と思い出すでしょう。